雑学

フランスおじさんのくしゃみの呪文

フランス人の耳には、くしゃみは、「atchoum(アチューム)」と聞こえるらしい。
でも、私の耳には、その「atchoum(アチューム)」は、「アチュン」に聞こえる。

私がクシャミをすると、フランスおじさんは、日本語で「クシュン、クシュンしていたね」みたいな言い方で、「アチュン、アチュンしていたね」と言う。
あれは、「アチュム、アチュム」と言っていたのか…。

くしゃみの話を書こうと思って調べて、「Nippon.fr - フランスでくしゃみをすると」を見て、初めて知った…。
だって、私には、どう聞いても、「アチュン」なんだな…。

日本人で、間違いなく、“ハクション”と言っているようにクシャミをする人もいるけれど、人によっては、確かに、“アチュン”と聞こえなくもない。
でも、フランスおじさんのクシャミは、私の耳には“ヘプシッ!”と聞こえる。
そして、私は、連続して、クシュッ!クシュッ!クシュッ!クシュッ!クシュッ!と、何度もクシャミをする。

おじさんの前でクシャミをすると、その度に、呪文のように何やら唱えて、「あ〜…、わからなくなっちゃった…」と言う。
どうやら、日本のクシャミが出た回数で、良い噂だの悪い噂だの…みたいなものを言っているらしい。
毎回、「私が連続したクシャミをするから、意味ないよ」と言っても、懲りずにクシャミの度に呪文のようにブツブツ言って、「あ〜…、わからなくなっちゃった…」と言う。

おじさんは、くしゃみの回数で下記のようになっていると言う。

1回目は、sante(')[サンテ]…健康
2回目は、bonheur[ボヌゥー(ル)]…幸せ(愛?)
3回目は、richesses[リシェス]…宝物
4回目は、rhume[リュム]…風邪

ブログに間違った事を書いては、恥ずかしいので、真偽の程を調べようと検索してみた。 すると、こんなのがあった。

ブラジルではくしゃみを「一回すると健康、二回はお金、三回は愛、四回はアレルギー」と言うところがあるそうで、三番目に「惚れられ」が四番目に「病気(アレルギー)」が入っているところなど、日本のくしゃみ占いにそっくりです。これは日系の移民の伝承が混じっているのでしょうか。スペイン語圏でも「一回は健康、二回は健康とお金、三回は健康とお金と愛」、ドイツでは「一回は凶、二回は物がもらえる、三回は幸運」と言われ、オランダでは「くしゃみを三回すると晴れる」と言ったりするそうです。

くしゃみの呪文の話

フランスおじさんのと、似ているような、違うようなのがある。
こういう言い伝えって、時代や地方で少しづつ変わってしまうからね…。
まあ、兎に角、私がくしゃみをする度に、「サンテ、ボヌゥー(ル)、リシェス、リュム…、あ〜…、わからなくなっちゃった…」と言っているんだな。



そして、ここから下は、今回書く必要ない事なんだけれど…。
勿体ないので、そのまま書いたり、リンクしてしまった事。

まず、くしゃみの呪文ではなく、くしゃみをした人に掛ける言葉についての記述。

で、フランスでは、地方によるのかもしれませんが、

1回目のくしゃみのときは
  A tes souhaits !
  「きみの願いに」

2回目のくしゃみのときは
  A tes amours !
  「きみの愛に」

3回目には
  Qu'ils durent toujours...
  「それら永遠につづくもの」

なんてことを、くしゃみしたひとにいう習慣があります。素敵。
4回目以降は・・・もう「お大事に!」っていうしかありません。

くしゃみ・鼻水・鼻づまり。その3 :: 学校行かずにフランス語! :: Ecole KiKounette

上記のブログでは、それぞれの言葉の下に音声データが付き、三角印を押すと、聞く事ができる。
ただし、音声データやアフィリエイトが沢山あって、非常に重いので、覚悟して見に行った方が良いと思う。


また、日本の場合のくしゃみの回数と言い伝えについても、ネットで調べてみた。
くしゃみ - Wikipedia:6 言い伝え」に、日本の言い伝えについて書かれていた。

1回は良い噂、2回は悪い噂、3回はもっと悪い噂(惚れられているという説もある)、4回以上は風邪ひきであると説く。「一そしり二笑い三惚れ四風邪」などのことわざもある。「一に褒められ、二にふられ、三に惚れられ、四に風邪」ともいう。

どうやら、この言い伝えは、中国の古典に書かれているものらしい。

実はこれ、中国の古典『詩経』に既に現われていて、「嚏[はなひる]ときは人の説くあり(くしゃみした時は誰かが噂している)」などと書かれています。現代の中国でも、ところによっては日本と同じように「誰かがあなたのことを……」と言うようです。

くしゃみの呪文の話


そして、最後に…

>> 世界のくしゃみ Multiculturalpedia
くしゃみにまつわる様々な事が書かれてる。

>> FL@33 presents >>> bzzzpeek.com
「enter here」をクリックすると、ポップアップで、世界のオノマトペを音声で聞く事ができる。
これを聞くと、日本人て、シャイなんだなって思ってしまう。



こんな本があった。

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五味 太郎

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フランスおじさんのオノマトペ

フランスおじさんとの会話は、日本語。
なのに、時々、何を言っているのかわからない時がある。

おじさん:「パチョンしたね」
私:「『パチョン』って、何をしたの?」
おじさん:「こうやって、パチョンしたね」

右手を素早く、叩き付ける素振りの時もあれば、手をパッと花が咲くように広げ、投げる素振りの時もある。

私:「だから、その『パチョン』って、どんな事をしたの?」
おじさん:「だから、こうやって、パチョンしたね」

結局、その「パチョン」は、何か急激な衝撃が加わったのだろうと想像はできるけれど、具体的に何が起こったのか、よくわからない事が多い。

また、おじさんの言う「ズズズッ」もわからない。
「ジ」と「ズ」の中間の音で、「ズズズッてなったね」と言う。
この「ズズズッ」の時は、仕草も何を意味しているのかわからない。
おじさんの「ズズズッ」は、何が起こったのか、結局わからないままになる事が多い。

フランス人と日本人では、擬音の表現の仕方が違うようだ。
おじさんが擬音を使う時は、大体が意味がわからない。
でも、大抵、突っ込んで聞き出す程でもないので、「あ〜、そうなんだ〜」と返事をしておく。
おじさんは、伝わったと思って満足しているので、二人とも平和な時間が過ごせる。


世の中には、私のように、違う国の人が使う擬音で、ナンカ違うな〜と感じている人がいた。
「グル・グル」の季節がやって来る! 2003年5月25日」で、日本人のダンナさんとフランス人の奥さんの擬音についての事が書かれていた。

「ゴク・ゴク」というオノマトペ(擬音語)を、フランス語では「グル・グル」という。

…(省略)…

フランス語では「グル・グル(glou-glou)」は、ビールを一気飲みする時などの「ゴク・ゴク」とか、お酒を注ぐ時の「トクトク」とかいう感じを表すオノマトペなのである。

…(省略)…

でも、日本人としては、「グルグル」なんて言われても、ビールを一気に飲み干した感じは全然、しないよね。
やっぱり、ゴクゴク!

耳慣れない擬音というのは、何度言われても、どうしてもナンカ違うな〜という感じになる。
まあ、擬音を使って喋るような出来事は、深刻な会話でないから、大した問題ではないけれどね…。


そして、この引用させて頂いた文章にも出て来た、オノマトペ。
フランスおじさんが、「オノマトペって言葉は、フランス語ね」と言う。
その事をネットで検索すると、いくつか発見。

「オノマトペ」ならフランス語です。日本語では、主にこっちを使います。
英語の場合は、「オノマトピア」と発音します。

「オノマトペ」の語源は何語なのでしょうか? 検索してみてもギリシャ語、フランス... - Yahoo!知恵袋

オノマトペという単語はフランス語ですよ。知ってましたか?onomatope(')eと書きます(古代ギリシャ語から出来た言葉)。

フランスのオノマトペは? - フランス雑学のメリメロ

onomatope(')eと書きます”の綴りは、「e」の上に「'」と付く文字なのだけれど、上手く表示出来なかったので、e(')としておいた。


このオノマトペ、何故、わざわざフランス語で言うようになったのかしら?と、検索してみたら、何故なのかは、見つからなかった。
そして、どうやら、フランス語の“onomatope(')e”と、日本語の“オノマトペ”は、別物らしい。

この“擬音語”と“擬態語”を、日本人は「オノマトペ」と呼んでいます。「オノマトペ」っていう言葉は、そもそもはフランス語。英語では、「オノマトピーア」。フランス語や英語では、主に擬音語しか意味しない。フランス語や英語には「シーン」とか「ムチムチ」みたいな擬態語はすごく少ないですからね。そもそも擬音語も、日本語よりずっと少ないんですけどね。でも、日本語には、擬音語と擬態語をまとめて呼ぶ言葉がなかった。そこで、「オノマトペ」という言葉をフランス語から借りてきて、擬音語と擬態語の総称にしっちゃった。だから、フランス語で言う「オノマトペ」と日本語で言う「オノマトぺ」の意味は、ズレているのね。

インタビュー連載・ニホンゴまざぁ/recre編集室: 音をことばにする、ということ 山口仲美さん

日本語の“オノマトペ”は、“擬音語と擬態語”の両方を合わせた意味だったのか…。
「シーン」とか「ムチムチ」みたいなのを擬態語と呼ぶのだったのか…。
学校できっと習ったはずだけど、覚えていないな〜。
そして、この記事には、他にも色々、興味深い事も書かれている。

では、日本人でも感覚が変わると、新しいオノマトペが生まれるんですか?

そうですね。ですから時代によって、オノマトペも変化していく。大体4割くらいは常に入れ替わって、新陳代謝していますね。

…だそうな。
私がおばあさんになって、時代遅れのオノマトペを使っていたら、フランスおじさんのオノマトペのように、「何を言っているのかな〜」と思われてしまうかもしれないな…。



こんな本があった。

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「鶏のオスは大変だ」とおじさんが言った。

フランスおじさんが、電車の中で言った。
「にわとりの卵は、沢山のメスの後ろで1匹のオスが、セックスして回っているのかな〜?」

何で、このおじさんはいつも電車の中で、ワザワザ「セックス」の言葉を使いたがるんだ?と思いながらも、「確か、オスと交尾して出来た卵は、受精卵。メスだけで出来た卵は、無精卵で、作られ方が違ったと思うよ」と言ってみた。

すると、おじさんは、「何故、メスだけで卵が作れるの?オスがセックスしないと、卵って作られないんじゃないの?1匹のオスが何百匹も相手にセックスしているんじゃないの?」と言う。

この辺りで、堪忍袋ってヤツが切れ、「セックス、セックスって、何でワザワザ電車の中で言う必要があるの?」と怒ったものの、何故、鶏のメスは、メスだけで卵を生むのか後でネットで調べてみるとおじさんに約束した。

だから、その調べた結果が下記。

小林 地鶏の里 - 有精卵と無精卵にそれぞれの説明があったけれど、私がおじさんに言った事は、まあ、当たっていた。
無精卵について抜粋させて頂くと、

2. 無精卵とは
無精卵とは、めす鶏だけで飼育された環境で出来る卵を言います。めす鶏は生後180日経つと自然に卵を産み始めます。その習性を利用して鶏舎でめす鶏のみを肥育し卵を産ませるのです。鶏舎にはおす鶏は一匹もおりませんので、交尾、受精が行われる事はありません。
もちろん、このような環境で生まれた卵からはヒヨコは生まれません。

ただ、ここには、“めす鶏は生後180日経つと自然に卵を産み始めます。その習性を利用して鶏舎でめす鶏のみを肥育し卵を産ませるのです。”という言葉のみ。
ただ自然に、卵を生むって不思議。何の意味があって、メスだけで卵を産むのだろう?


そこで、鶏は、何故メスだけで卵を産んでしまうのか、調べてみると、こんな文章を見つけた。

鶏の原種が持っていたこの、数が溜まるまで卵を産み続ける性質をもとに品種改良を加えた結果、今飼育されているニワトリは交尾、受精の有無にかかわらず、卵を採り続ける限り際限なく(とまではいきませんが)卵を産み続ける鳥になったのです。

鶏の無精卵もオスがいないと産まれませんか?-OKWave


子宮管の中で受精すれば有精卵になるのですが、受精しなくてもそのまま殻をつけて出てきます。鳥類は子宮の中で受精卵を育てる事が出来ない代わりに栄養を持たせ大きな卵にして殻をつけて外へそのまま送り出すのです。とどまるように出来ていないんです。(人間は殻がないだけで同じく外へ月1回ぐらいの頻度で排出します)

人間の排卵と同じ生理現象ですが
人が卵を取り上げないでそのままにしておくと、無精卵、有精卵関係なく5,6個になると抱卵して卵は産まなくなります。[鳥類は全て同じです]
生んだ卵が無くなるので生み続ける習性を人が利用[鶏からしたら悪用かも知れませんが]しているのです。

にわとりが毎日卵を産むのは人間でいう生理と同じと聞きました。これは無精卵。有... - Yahoo!知恵袋


なるほどね。鶏は、受精してもしなくても、一定の個数が溜まるまでは、卵を産み続けるのか。
卵が溜まる前に、人間が取ってしまうので、まだ溜まっていない溜まっていないと生んでくれるのね…悪いね〜。

ただ、(人間は殻がないだけで同じく外へ月1回ぐらいの頻度で排出します)や、人間の排卵と同じ生理現象ですがは、少々驚き、確かに、人間も卵を出しているね。
人間のは目に見えないだけで、同じってことなのか・・・。


また、「鶏の無精卵もオスがいないと産まれませんか?-OKWave」の回答の中で、

以前文鳥を飼っていましたが、雄がいなくても卵は産んでました。

という文章があったり、「にわとりが毎日卵を産むのは...- Yahoo!知恵袋」の答えの中に

[鳥類は全て同じです]

という文章もあるけれど、鳥を飼った事がある人なら、鶏の卵について何の疑問も無く、鳥ってのは、そういうものだと、知っているんだね。


インコがうんだ無精卵.... -OKWaveで、自分の家のオカメインコが、メスしかいないのに卵を産んで、孵るはずの無い卵を温めているけれどどうしたら良いのだろうと質問しているのがある。
回答の中に、あまり卵を産むと、短命になったり、卵詰まりにもなるので、「偽卵」をホームセンター(ペットショップにも勿論ありますよ)で購入した方が良いということが書かれていた。

卵を産まない様にするために、「偽卵」などというものまで売っている…。
鳥を飼った事がある人にとっては、疑問を持って、検索した私の方が、無知で不思議という事になるのかな?


人間の排卵と同じという事なので、人間の場合の排卵の仕組みは、下記。

女性は、生まれた時から、約100万から200万個の原始卵胞(卵子のもとになる卵胞)を卵巣のなかに用意しています。

卵巣のなかの原始卵胞は、生理の時期になると、卵胞刺激ホルモンの作用によって毎月数個から20個程度の原始卵胞が成熟をはじめます。そして、成熟した卵胞の中でいちばん生育の良いものが卵子として、排出されるのです。
これが「排卵」です。

卵子として選ばれなかった、ほかの卵胞は、消滅してしまいます。
えらばれた卵胞だけが、卵子として受精のチャンスを与えられるのですね。

卵子をつくるしくみ:妊娠したい を応援!


鶏の卵の件は、これで、一件落着だけど、電車の中でのおじさんが言った、「鶏のセックス」。
これは、おじさんが小学生の男の子みたいに、言いたかっただけだと思う。
私や周りの反応が面白いのかもしれないけれど、イイ大人が、マッタク!
実際は、「mating ━━  n. 【生物】交配, 交接, 交尾.」だと思う。

おじさん、もう少し、大人になろうよ・・・。



こんな本があった。

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おじさん、ホントに青い目は弱いのか?

フランスおじさんは、何かと「青い目は、弱いネ」と、自分の目の弱さをアピールする。
シャンプーする時も、「青い目は弱いから、シャンプーはとても痛いネ」
顔を洗う時も、「青い目は弱いから、とても辛いネ」
もう、ウルサイ、ウルサイ!
いつもは、「ああ、そうですか。だったら汚らしいままになってなさいよ!」で済ませていた。

でも、もうそんな事は、言わせない事にした。もう、許さん!
私がタマネギを切って、涙を流して痛がっていた時、私の後ろを通り過ぎながら、「青い目は弱いから、私だったらもっと大変ネ」などと言った。
何ですと?痛がっている私を思いやるでなく、自分はもっと可哀想なのだ…ですか?
「青い目というのは、色素の問題じゃないの?だったら、光に弱いとかならわかるけれど、タマネギもシャンプーも関係ないんじゃないの?」と言ってみたものの、黙らせる程の根拠だの、証拠だのない・・・。
悔しいな〜。

だからいつもの様に、調べる事にした。
でも、当然、「青い目と黒い目では、痛みの度合いは変わらない」などという事が書いてある訳が無い。
だから、こんな順番で調べてみる事にした。
まずは、目の色の仕組み、次にその仕組みによる差異、最後に痛みの個人差と調べる事にした。


まず、目の色の仕組み。

キリヤ:Q&A 青い目と51 空の青とは同じ?には、目の構造が書かれている。

白人、特に北欧の人は紫外線が弱いので、髪の毛、肌、目に保護するメラニンは必要がなく白いのです。ブルーに見えるのは、虹彩にメラニンが少なくて非常に小さな粒になっているので、空が青いのと同じ理由(レイリ−散乱)でブルーに見えるのです。メラニンの小さな粒子では、波長の短い青の光を多く散乱しますが、波長の長い赤の光はあまり散乱しないために、青く見えるのです。青い色素が入っているわけではありません。黒い目は暗雲が立ち込めた時と同じで、雲が光を全て吸収してしまうので黒いのです。目は空と同じですね。

青い目の人の青は、空と同じ理由(レイリ−散乱)で青く見えるとは、驚き。
ここでは、目の色の遺伝的な優劣(優勢・劣勢)で、子供への現れ方も書かれている。


そして、その仕組みによる差異。

「青い目」と「黒い目」では、見える色が違うと書いてあるサイトを見つけた!
トンデモ話なのか、事実なのか・・・???
参考文献とか、書かれていないと、事実なのか噂なのかわからない。でも、折角だから真偽不明のまま2つをリンク。

>>身近にある物ほど意外と知らない人体の雑学の部屋 知識の管理人;王様 目の色が違うと、見える色も違うのか?

>>Yahoo!知恵袋 外人の青い目と私達日本人の黒眼

上記にも、目の色による、見え方の違いが書かれている。

[質問]
外人の青い目と私達日本人の黒眼
色彩感覚はまったく同じに見えるのでしょうか?
赤は赤、緑は緑に見えるのでしょうけど、微妙に違うとかないのでしょうか?

[ベストアンサーに選ばれた回答から、一部抜粋]
大雑把に言えば、色が薄い程、強い光に弱いです。
ごく薄い緑の瞳の人よりは、黒い瞳の方が眩しさに対して強くなっています。
この結果、認識される色も違うことになります

だそうな。
ベストアンサー以外の回答でも、

1971年にボストンで開かれたISO国際会議で、黒い目(日本)と青い目(オランダ・ドイツ・スイス)の比較実験が行われ、青い目の方が、赤で1.54倍、青で1.18倍、黄色で1.02倍の視差視感力があるとの結果となっています。

と、書かれていたけれど、これを裏付ける文献を探したけれど、見つからず・・・。


最後に、痛みの個人差。

1997年から1999年頃にかけて、主にチェーンメールによって流布したジョークの、痛みの基準はハナゲ - Wikipediaというものが、あったらしい。

人間の痛みの感じ方についての統一単位「ハナゲ」(hanage)が制定”というもの。
私は、検索して初めて知ったけれど、そこに、“実際に人が感じる痛みの量には個人差がある。また、それを計量したり大小を比較したりする手段もなく、このような定義は存在しない。”と、ある。

でも、「男と女どちらが痛みに強いか」は、よく言われる事。
これについては、
痛み:男は女より?女は男より? [ EP: end-point 科学に佇む心と身体Pt.2]に、男と女どちらが痛みに強いかについて検証した様々な、リンクが貼られている。

この中に、“両性共に女に甘い?  同じ痛みでも、女がやることは痛くない ”などもあったり、研究タイトルを見ているだけでも面白い。
これらを見た、私の感想としては、研究者の主観ってヤツなのかな?と思う。結局、どちらか、わからないね。
男女もそうだし、人種的にもそうだし、痛みを客観的に、他人と比較したサイトを検索しようなんてヤッパリ無理みたいだね。

でも、最近は科学が進んで、人の痛みを数値かできるらしい。
痛みの基準はハナゲ - Wikipediaの終わりの方に、“2007年になると、ニプロが電気刺激を利用し人間の痛みの最小限値を測定し、そこから痛みの感覚を数値で測定する機器「PainVision」を開発した。”とあった。

商品へのリンクも書いてある。
>>知覚・痛覚定量分析装置「PainVision」 ニプロ株式会社

上記のサイトだけでは、わかりづらいので、ちょっとだけ記事が載っている下記もリンク。
>>やじうまWatch 4月馬鹿直前! 体が感じる痛みを数値化する機械が本当に登場 【2007/03/27】

これなら、今後、痛みを客観的に比べられる様になり、本物の国際単位「1ハナゲ、2ハナゲ・・・」が数えられる様になるのかな?

今回、色々な事を知る事はできたけれど、おじさんの「青い目は痛みに弱い」を黙らせる事はできそうにない。
私としては、「目の色の違いは、メラニン色素によるもので、色や光に対しては差が現れることもありますが、他には何も差がなく、外部からの刺激による痛みの差はありません!」のような、結果が欲しかったのだけれど、そんなものは見つからなかった。
残念。



こんな本があった。

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ジャパニーズ・エイプリカットなのだ!

フランスおじさんと、梅は英語で、「プラム」か、「ジャパニーズ アプリコット」かで揉めた。
私が、「ジャパニーズ アプリコット」だと言っても、おじさんは、「そんなの聞いた事がない」と言う。

こんな時は、ネットが便利。
検索すると、日常分野別英語用語集-果物用語集が、ヒット。
「えへへ〜。“ジャパニーズ・ア(エイ)プりカット”だよ〜」なのだ。勝った!


でも、ウメ - Wikipediaでは、“英名 Ume”となっている。正式な英名は、Umeなのかな?
そして、“学名 Prunus mume (Sieb.) Sieb. et Zucc.”。
「ウメ」でなくて、「ムメ」と、読める。
何じゃ?この「ムメ」は?


ウメ - Wikipediaには、

ウメの語源は中国語の「梅」(マイあるいはメイ)といわれる。伝来当時の日本人は、鼻音の前に軽い鼻音を重ねていた(現在も東北方言などにその名残りがある)ため、meを/mme/(ンメ)のように発音していた。これが「ムメ」のように表記され、さらに読まれることで/mume/となり/ume/へと転訛する。一方で、今も「ンメ」のように発音する方言もまた残っている。

ただし/ume/が先にあって、唇音の/u/が次にくる唇音の/m/に同化する音韻過程により/mme/へと変化したとする説も存在する。他にも幾つかの異説があり、現在のところ、どれもまだ定説となるに至っていない。


「ムメ」の言葉は出てくるけれど、何となく、消火不良な気持。
最初は、梅は英語で何かを調べたかっただけなのなけれど、「ムメ」が気になり、再検索。


梅の月向(げっこう)農園なんでも梅学 梅のプロフィール(名称・分類)には、下記の記述。

<名称>
和名 ウメ(梅)
古名 ムメ
学名 Prunus mume Sieb.et Zucc.(明治期シーボルトが命名)
英名 Japanese apricot,Japanese flowering apricot
フランス名 abricot japonais

〜(省略)〜

※日本では、奈良時代「万葉集」では”ウメ”、
  平安時代以後は”ムメ”、現在は”ウメ”と言っている。

<名前の由来>
 「うみむ(熟実)」の約転。
 中国音「メイ」の転訛。
 薬用として渡来した燻し梅「烏梅(うばい)」に由来。
 ・・・など、いろいろな説がある。

学名は、シーボルトが命名ね。
でも、英名は、“Japanese apricot”と、“Japanese flowering apricot”になっている。これは、実と花ってこと?


ネットワーク総合辞書>資料集>植物>ア行>ウ >ウメ」によると、
英語名 ume / Japanese apricot”と記述されている。

そして、他も一部抜粋させて頂く。

ウメは中国最古の『神農本草経』にも載っており、日本には薬木として渡来したとされる。奈良時代以前から植栽され、万葉集にはサクラよりもも多くの歌が詠まれ(万葉集のウメの歌は104首、サクラの歌は38首)平安時代以前に「花」といえばウメを指したと考えられている。


ついでだから、“中国最古の『神農本草経』”も調べてみた。

筑波技術短期大学鍼灸学科 和久田哲司氏による古代中国における手技療法の発祥と発展について書かれたテキストに、下記のように記載されている。

④『神農本草経』:後漢から三国期までに成立。500年頃、陶弘景(452〜536)が『神農本草経』三巻を編集した。江戸・嘉永七年(1854年)、森立之校正本に基づいた。

どうやら、『神農本草経』は、薬物書らしく、東亜医学協会に、Web版 神農本草経というのがあり、それには、下記のように記載されている。

梅實.味酸平※.生川谷.下氣.除熱煩滿.安心.肢體痛.偏枯不仁死肌.去青黒誌惡疾.

もともと、中国にあった梅が、薬木として日本に渡来したけれど、日本には、シーボルトがいた為に、学名を“Prunus mume Sieb.et Zucc.”と命名され、英語やフランス語で“Japanese apricot”だの“abricot japonais”と“日本のアンズ”と呼ばれているってことかな?
シーボルトは、アジサイの他にも、梅も世界に紹介していたんだね。



こんな本があった。

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「第五部 シーボルトが導入した日本の植物」の項に、「アジサイ/レンギョウ/ツバキ/サザンカ/イタドリ/シキミ/コウヤマキ/キリ/ウメ/ユリ/ボタン」とある。


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グレープフルーツは前菜?

フランスおじさんが、「グレープフルーツは、フランスでは、前菜ね」と言った。

おじさんは、自分がやっている事は、全部フランスの普通として話すクセがある。
今まで、自分の都合が悪くなると、「フランスでは、普通ね」、「皆やってるね」なんてね。
おじさんは、オオカミ少年だから、「フランスでは、云々・・・」は、信用できない。
だから、その時も、「え?おじさんの家だけじゃないの?」と信用しなかった。

ところが、ここが違うよ!日本とフランス 〜 グルメ編 〜で、偶然、下記の記述をみつけた。

グレープフルーツとすいかは前菜!
メロンが前菜になるのは皆さんよくご存知だと思います。が、グレープフルーツとすいかも前菜になるってご存知でした?
私はこちらにきて初めて知りました。かなりオドロキ。。。

あれ?おじさんがいつか言っていた事は、本当だったんだと思った。


でも、この一つのサイトだけで完全な事実と認めるのは、ちょっと弱いかな?と思い、他も探してみたけれど、PARIS NEWS - 生ハムメロン [2007年07月08日(日)]の下記の記述しかみつからなかった。

メロンというと日本ではデザートに食べるイメージだけれど、なぜかフランスでは前菜としてだされることも多く、最初はちょっとびっくりした。
別に生ハムが巻いてあるとかでなく、ただ切ったメロンが出てくるのだ。
そう言えばスイカも同じように前菜に出されたことがあったような...。

記述は、2つ見つけたけれど、食事の前に、フルーツを食べる意味が解らず納得出来ない。

そこで、オードブル - Wikipediaを見てみると、下記のように書かれている。

食欲をそそることが目的であるため、量が少なく、酸っぱいことが多い。

確かに、酸っぱいけど、グレープフルーツ、メロン、スイカを切っただけでそのまま食べて、前菜?。
デザートでは、それらを食べないのかな?
「あちらは前菜のグレープフルーツでしたが、こちらはデザートのグレープフルーツでございます」なんて…。


少し前に、グレープフルーツダイエットと言う言葉を聞いた事があるけれど、
Yahoo!セカンドライフ - ドクターK - グレープフルーツの香がもたらすダイエット効果 掲載日:2007年6月24日には、下記の様に記述されている。

グレープフルーツに含まれる香り成分に「ヌートカン」と「リモネン」があります。これらの物質が脂肪をメラメラと燃やして、新陳代謝のよい体にしてくれます。

そして、下記のようにも書かれていた。

「ヌートカトン」-----脳に作用して、交感神経の働きを活性化
「リモネン」-----精神をリラックスさせ、血行を促進
「ナリンギン」-----食欲を抑える効果

…となると、グレープフルーツは、食事前に“食欲を抑える”ということだね?
ダイエットしたいのなら、良いけれど、やっぱり、不思議な行為だな…。



こんな本があった。

「飲食」というレッスン—フランスと日本の食卓から 「飲食」というレッスン—フランスと日本の食卓から
(2007/04)
福田 育弘

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古き良き日本人

フランスおじさんが何かの度に、「日本は良い国だよ。日本人は良いよ」と言ってくれるので、日本人の良い所は何だろう?と思い、“日本人の美徳”でGoogle検索した。
ちょっと古い記事だけど、livedoor ニュース - 取り戻せ“日本人の美徳”で、下記のアンケート結果が書かれていた。

品格と道徳観に関するアンケート調査
【ライブドア・ニュース 2006年06月19日】− 7割以上の人が“日本人の美徳”に「礼儀正しさ」や「謙虚さ」を挙げている一方で、5割が日本人がもともと持っていた品格や道徳観が失われつつあるのではという危機感を抱いていることが、インターネットリサーチサービス「gooリサーチ」の最近の調査で明らかになった。

以下、数値部分だけ引用させて頂く。

「日本人が元来持っている」と思われるものは何か

「謙虚さ」(73.9%)
「礼儀正しさ」(72.8%)
「情緒を重んじる」(64.9%)
「思いやりの気持ち」(63.1%)


「日本人が失いつつある」と感じているもの

「礼儀正しさ」(54.1%)
「謙虚さ」(47.5%)
「思いやりの気持ち」(45.3%)
「恥ずかしいことをしないという考え」(45.1%)


「日本人が残しておくべき」と思うもの

「礼儀正しさ」(66.1%)
「思いやりの気持ち」(66.0%)
「謙虚さ」(53.5%)

“日本人の美徳”としてあげている項目は、良い文化だと思う。
これを持ち続ける日本人だったら、世界に誇れる気がするのだけど、「日本人が失いつつある」と感じているものの一番が「礼儀正しさ」(54.1%)というのも悲しいね。


1935年にアン・モロー・リンドバーグが書いた、「翼よ、北に」(原題:NORTH TO THE ORIENT by Anne Morrow Lindbergh)という本に、リンドバーグ夫妻が日本に立ち寄った時の日本人の様子が書かれている。
「歌う水夫たち」の項では、とても形式的で滑稽な面もあるけど、紳士的で親切で、もてなし好きな愛すべき日本人の姿が書かれていた。

また、「サヨナラ」の項では、リンドバーグ婦人が聞いた、「サヨナラ」の言葉の意味が書かれていた。

「サヨナラ」を文字通りに訳すと、「そうならなければならないなら」という意味だという。これまで耳にした
別れの言葉のうちで、このようにうつくしい言葉をわたしは知らない。

それは事実をあるがままに受け入れている。人生の理解のすべてがその四音のうちにこもっている。ひそかにくすぶっているものを含めて、すべての感情がそのうちに埋み火のようにこもっているが、それ自体は何も語らない。言葉にしないGood-byであり、心をこめて手を握る暖かさなのだ -「サヨナラ」は。


実際には、「さようなら」は、「左様なら」らしい。
Be nice!:さようなら。に下記のように書かれている。

「そういうこと(左様)でしたら(なら)、(いたしかたありません)」という自分の思いを断ち切る意味があります。

リンドバーグ夫人が書いた「そうならなければならないなら」と微妙に意味は違うけれど、上記「Be nice!:さようなら。」の中の文章に“『さようならば』と思いを断ち切り運命を受け入れる潔さをこの日本語に感じます。”とあるけれど、事実をあるがままに受け入れる潔い心という意味は同じだね。

翼よ、北に」の中の日本を読むと、「謙虚さ」「礼儀正しさ」「情緒を重んじる」「思いやりの気持ち」等が感じられ、日本人の私でも知らなかった新しい日本を発見し、本の中の日本は良い国だなと思う。


文中に出て来た本

翼よ、北に 翼よ、北に
(2002/08)
アン・モロー リンドバーグ

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アイデンティティって何だろうと考えた

フランスおじさんは、スペイン系の母親とポーランド系の父親を持ち、パリで生まれたものの、半年でモロッコへ行き子供時代を過ごし、パリに戻り、途中イギリス留学、スペイン留学を経験し、夏休みには、メキシコや、アフリカでツアーガイドのアルバイトをし、大学院を卒業すると日本で働き、そのまま日本で生活している。

人生の中で日本での生活が一番長いらしい。
フランスへ帰った時、言葉は少しヘンになっているし、仕草もフランス人とは少し違うし、見た目もフランス人ぽくはないので、「あなたはナニジンですか?」と聞かれたと言っていた。
国籍はフランスだけど、この人は何人(ナニジン)の文化を持っているというのだろう?

また、帰国子女達が大勢いる場所に行った事がある。
この中の一部の人に?な人達がいた。
英語は、ネイティブに聞こえないが、仕草は日本人ぽくない人達。
この人達は、アメリカに行き言葉と文化を覚え、アメリカに溶け込もうと努力したのだと思う。日本で生まれ育ち、日本人としてのベースを持っている彼女達は、アメリカへ行ってもアメリカ人からすれば、自分たちとはちょっと違ったマナーや雰囲気を持った外国人だったと思う。頑張ったんだなと思う。

だけど、日本に帰って来て、会議室の中で、机の上に掛けんばかりに高く足を組み、大きな身振り手振りで話し、人が話している途中でも人を遮り自分の主張を通そうとする。
そこにいたアメリカ人の人達は、きちんと座り、人の話を聞いてから答えているのに…。
帰国子女達が大勢いる中のほんの一部の人だけど、日本の女性とは雰囲気が違い過ぎる。
日本女性の良い所を捨て、自分は、アメリカ帰りだと、アピールしているだけに見える。
この人達は、ナニジンになったつもりなのかな?と思った。

フランス人に「あなたはナニジンですか?」と聞かれ、日本では外人さん。
アメリカでは日本人で、日本では、違和感を感る日本人ぽくない人達。

私は、おじさんに「おじさんは、ナニジン?」と聞いた事があった。
おじさんは、「私も疑問に思うときあるね」と答えた。
おじさんに「○子は、とても日本人ぽいね」と言われた時、「そうね。私は、とても日本人ぽいよ」と答えた・・・さて?何が、とても日本人なのだろう?

フランス人、日本人、そのナニジンて言うのは何だろう?
そこで、アイデンティティを検索してみた。

[三省堂辞書サイト]10分でわかる「アイデンティティー」

【どういう意味?】
「あるものがそれとして存在すること」、また、そうした認識を指します。「同一性」「一致」のことです。

【もう少し詳しく教えて】
「アイデンティティー」(identity)は、広義には、「同一性」「個性」「国・民族・組織などある特定て集団への帰属意識」「特定のある人・ものであること」などの意味で用いられます。

(途中省略)

【アイデンティティーの使い方を実例で教えて!】
アイデンティティー・クライシス(identity crisis)
    「自己認識の危機」のことです。例えば、「ライフ・サイクルの中でアイデンティティー・クライシスに直面する時期」、あるいは「グローバル時代におけるアイデンティティー・クライシス」のように使われます。

そして、「アイデンティティ」特集というサイトでは、

“アイデンティティとは、「自我の確立」「自己同一性」という意味の英語です。アメリカの精神分析学者である、エリクソンによって提案されました。アイデンティティは、自己と集団意識の関係を表す言葉です。そのため最近では、コーポレートアイデンティティなどというように、企業関連の言葉としてよく使われます。

(途中省略)

アイデンティティクライシス
アイデンティティクライシスとは、他者との新しい接触によって、自己の価値観や存在そのものに危険を感じることです。”

また、2005年外国人による日本語弁論大会 発表原稿には、日系二世の青年のアイデンティティー摩擦についての心の葛藤のスピーチ原稿が書かれている。
両親と祖父母の日本文化を守ろうと言う気持ちと、日本人というプライドを持たなければアメリカ人として仲間に入れてもらえるという青年の気持がぶつかり、自分の中の日本人を消し去ったものの、成長し自分自身を見つめる為に、日本へ留学し少しづつ理解を深めているという内容。 “自分で一から新しい「私」を作って新たな誇りを刻みたい。”と言葉を結んでいる。

日本人というプライドを捨て、アメリカ人として仲間に入れてもらったり、親や祖父母の国を理解し、新しい自分の為に新たな誇りを刻んだり、自分がナニジンであるかという事は、これほど悩み深いものなのか。

おじさんは、フランスから距離も時間も遠く離れ、フランスで生活した時間も短い。私からすれば、おじさんの国のベースがどこにあるのか分からない。
でも、おじさんは、自分がフランス人であるということに誇りをもっているみたい。世間の噂で聞くフランス人のように「フランスは一番だ」と思い、「絶対フランス国籍を捨てないね」と言っている。

そして、日本人としての意識を持ち、日本人ぽいと答える私は、ただ単に日本で生まれ育ったということで帰属意識を持っているだけなのかもしれない。
上記引用文のように、“他者との新しい接触によって、自己の価値観や存在そのものに危険を感じること”がなかっただけなのかな?
私に自国に対する誇りとかがあるわけでなく、 何も考えず、当たり前のように漠然と日本人だと思っているだけのような気がする。

おじさんと話をすると、 おじさんはフランス人であるということが自慢で誇らしというのがわかる。生活した時間とかベースとかそんなのは関係なく、フランス人でいたいのかもしれない。
私もそんな風に、「日本は良い国だよ。日本人で良かった」と胸を張って言いたいな。
でも、おじさんは、世界の70ヵ国位行った中で日本を気に入り、ここで生活しようとン十年前の七夕の日に来た。
何かの度に「日本は良い国だよ。日本人は良いよ」という。
私は、見比べる他の国を知らないまま日本人にいるので、良さがわからないだけかもしれない。



こんな本があった。

日本人とアイデンティティ—心理療法家の着想 (講談社プラスアルファ文庫) 日本人とアイデンティティ—心理療法家の着想 (講談社プラスアルファ文庫)
(1995/01)
河合 隼雄

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以心伝心で愛を伝える?

フランスおじさんと、“Je t'aime”と“Je t'aime beaucoup”の話をしている時、こう聞かれた。

「日本人は、愛してるってあまり言わないでしょ?日本人は、相手に対してあまり強い気持がないの?」そして、「『言葉で言わなくても、わかるでしょ?』とか、『心が繋がっているから、そんなのは必要ない』っていう意味なの?」

どういうことなんでしょうね?

検索してみたら、「Sachi's言葉のマジック 第3回 愛のニュアンス」というコラムで下記の文章を発見。

日本人は「愛してる」と言う言葉をあまり使わないので、愛が薄いとか愛の感覚があまりないとか誤解される時もあります。

お〜、やっぱり。

フランスおじさんと話をしていると、日本人とか日本文化について聞かれる事がある。
私は、日本生まれの日本育ちで、周りはほとんど日本人なので、普段、“日本文化”について考えた事はない。
そんなだから、急に聞かれても、答えられなかったりすることも多い。

今回も、「う〜ん。そう言われてみれば、そうだね。どうしてかな〜?」だった。
恋人にも“愛してる”なんて言った事の無い人多いよね、…きっと。
私だって、おじさんから「愛してる」と言われても、「私も愛してる」なんて言えない。「私もヨ」までなら何とか言えるけど、心の中で、「わ〜ハズカシ〜」とか思ってしまう。

「愛してる」などという恥ずかしい言葉はナカナカ言えないからといって、世の中の恋人たちが、“愛が薄い”とか“愛が冷めちゃって言いたくない”とかいうわけではないと思う。
何故、日本人は「愛してる」と言う言葉をあまり使わないのかな?

g-telephone.com提供 連載コラム「国際電話の向こう側」 第四回【2001年11月30日】 ■ 以心伝心とは相手の心が読めることか?」で、下記の文章をみつけた。

肝心な事は言葉にしない。一番大事な用件さえ文脈だけで伝達しようとする。日本人は「愛してる」とちっとも言わない。(とよく言われる。)

上記のコラムでは、日本語は高文脈文化の言語だと説明している。
日本人は、“同じ文化を背景にした共通の思考パターン或いは慣習に基づいた判断を持っているから同じ日本人の考えが分かりやすい”ということで、相手の考えがわかっている時は、一々確認しないで、言わなくてもわかる事として話をする。


高文脈文化については、「第三回【2001年11月20日】 ■ 何故「○○さんいますか?」と言うか?」に、日本語と英語の「文脈文化の違い」として低文脈文化の言語(低文脈言語)と高文脈文化の言語(高文脈言語)の特徴をまとめてある。ここから、例を引用させて頂く。

日本人は電話をかけて相手を呼んでもらう時、「○○さんいらっしゃいますか?」と言います。
これで相手は○○さんを探してくれます。

皆さんは国際電話で外国に電話する時、何と言っていますか?
英語だと「May I speak to Mr. ○○?」と言いますね。
これは「○○さんと話したいんだけど話せますか?」です。 何が違うでしょう?

この例のように、日本語は、目的を直接的に言わなくても伝わる傾向があり、英語は目的をはっきり伝えないとコミュニケーションが成り立たない。
これが、日本語と英語の「文脈文化の違い」だという。
低文脈言語と高文脈言語の特徴として、このページには、詳しく書かれているけど、ザッと短くまとめると、

低文脈言語----伝達される言葉が全ての情報であり、語られない言葉は、ないのと同じ
高文脈言語----言葉以外の状況や文脈で情報を伝えることがあり、自分の意図を文脈で伝達できることを期待する

話を軟派な所へ戻して書くと、

低文脈言語----「愛してる」と“言う”ことで愛が伝わる、「愛してる」と言わないのは“愛が無い”のと同じ
高文脈言語----「愛してる」の“態度を見せる”ことで愛が伝わる、これが「愛してる」と言っているのと同じ

そういうことなのかな?

でもね、おじさんと私は、低文脈言語と高文脈言語の人なので、「言葉で言わなくても、わかるでしょ?」では、済まないんだよね。
「愛してる?」と聞かれて、「うん、そうだね」「好きだよ」だけでは、おじさんが寂しがる。
だからといって、「愛してる」なんて恥ずかしくて言えない。
でも、世の中は便利になって、メールってものが私を助けてくれた。
おじさんから“mon amour. Je t'aime.”というメールが来ると、私も“mon cheri. Je t'aime.”などと返す。
「愛してる」と言わなくても、おじさんは“愛されている”と感じてくれているらしい。
…文章にすると、なんとも恥ずかしい。
これが、日本人同士のカップルだったら、バカップルとか呼ばれるのだろうか?


上記のサイトの他に、高文脈言語・低文脈言語についてわかりやすく書かれたサイトを見つけたの。
>>語学学習|中国語|高文脈言語・低文脈言語


そして、本はこんなのがあった。

はじめての言語学 (講談社現代新書) はじめての言語学 (講談社現代新書)
(2004/01/21)
黒田 龍之助

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“とても愛している”は弱い意味

フランスおじさんが、「日本語や英語は、“愛してる”に“とても”とか“very”とか付けると強い意味になるけど、フランス語は、“beaucoup”を付けると弱くなるんだ。“Je t'aime”が一番なんだ。」と言った。

おじさんは、こう言う。

一番強い気持は、Je t'aime.(ジュ テーム)[あなたを愛してる]
友達みたいな気持で大好きは、Je t'aime beaucoup.(ジュ テーム ボクー)[あなたを“とても”愛してる]

そして、

フランス人に、日本語や英語のと同じように、「とても愛してる」や「I love you very much」のつもりで「Je t'aime beaucoup」というとがっかりする

“とても愛している”が弱い意味で、“愛している”が強い意味?

“Merci beaucoup(メルシー ボクー)”の“beaucoup”は、“Thank you very much”の“very much”と同じで、強調の意味。
でも、“Je t'aime.”の“beaucoup”は、強調のために付けるのでなくて、弱くする為に付ける?

う〜む、わからない。

“I love you very much.”や“I love you so much.”、“すごく愛してる”と言いたい時はどうするの?と聞いても、
「“Je t'aime.”が一番で、それ以上の、“愛しているはない”」と言う。

「だからね、すご〜く強い気持を言う時は?」と聞いたら、
おじさんは、「『Je t'aime.』と感情を込めて言う」だと…あ、そうなの。
どうしても、絶対に、“Je t'aime.”が一番らしい。


とても不思議。
何か詳しい資料はないかと検索してみた。

愛を語るというサイトに、フランス語の愛について説明があった。

ご存知のように、英語ではloveとlikeを区別しますね。でもフランス語ではどちらもaimerという動詞を使いますので、これが「好き」の意味にも「愛してる」の意味にもなります。強い愛情をあらわすか、そうでないかは、一緒に使う副詞や文脈で判断します。

このサイトには、他にも、“loveとlikeにあたるフランス語は?”など、詳しく書かれている。

このサイトを読んでわかったのは、フランス語ではloveとlikeもどちらも“aimer”という動詞を使うということ。
恋人にも、親や友達にも、“「好む」という動詞aimer(エメ)”を使って文章を作ると“Je t'aime.”になってしまうということらしい。


読んで、使い方はわかったとしても、“beaucoup”や“bien”という、“たくさん”とか“とても”とか、意味を強調する言葉を付けると、何故、意味が弱くなるのかは、ヤッパリ、感覚として?だな…。

でも、“とても愛している”の事は、フランス人に告白する時、「I love you very much」のつもりで「Je t'aime beaucoup.(ジュ テーム ボクー)」なんて言ってしまって、「な〜んだ友達なのか」なんて思われて失敗しないように、言葉の使い方の注意として覚えておいた方がいいみたいだね。

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