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2007年7月

ジャパニーズ・エイプリカットなのだ!

フランスおじさんと、梅は英語で、「プラム」か、「ジャパニーズ アプリコット」かで揉めた。
私が、「ジャパニーズ アプリコット」だと言っても、おじさんは、「そんなの聞いた事がない」と言う。

こんな時は、ネットが便利。
検索すると、日常分野別英語用語集-果物用語集が、ヒット。
「えへへ〜。“ジャパニーズ・ア(エイ)プりカット”だよ〜」なのだ。勝った!


でも、ウメ - Wikipediaでは、“英名 Ume”となっている。正式な英名は、Umeなのかな?
そして、“学名 Prunus mume (Sieb.) Sieb. et Zucc.”。
「ウメ」でなくて、「ムメ」と、読める。
何じゃ?この「ムメ」は?


ウメ - Wikipediaには、

ウメの語源は中国語の「梅」(マイあるいはメイ)といわれる。伝来当時の日本人は、鼻音の前に軽い鼻音を重ねていた(現在も東北方言などにその名残りがある)ため、meを/mme/(ンメ)のように発音していた。これが「ムメ」のように表記され、さらに読まれることで/mume/となり/ume/へと転訛する。一方で、今も「ンメ」のように発音する方言もまた残っている。

ただし/ume/が先にあって、唇音の/u/が次にくる唇音の/m/に同化する音韻過程により/mme/へと変化したとする説も存在する。他にも幾つかの異説があり、現在のところ、どれもまだ定説となるに至っていない。


「ムメ」の言葉は出てくるけれど、何となく、消火不良な気持。
最初は、梅は英語で何かを調べたかっただけなのなけれど、「ムメ」が気になり、再検索。


梅の月向(げっこう)農園なんでも梅学 梅のプロフィール(名称・分類)には、下記の記述。

<名称>
和名 ウメ(梅)
古名 ムメ
学名 Prunus mume Sieb.et Zucc.(明治期シーボルトが命名)
英名 Japanese apricot,Japanese flowering apricot
フランス名 abricot japonais

〜(省略)〜

※日本では、奈良時代「万葉集」では”ウメ”、
  平安時代以後は”ムメ”、現在は”ウメ”と言っている。

<名前の由来>
 「うみむ(熟実)」の約転。
 中国音「メイ」の転訛。
 薬用として渡来した燻し梅「烏梅(うばい)」に由来。
 ・・・など、いろいろな説がある。

学名は、シーボルトが命名ね。
でも、英名は、“Japanese apricot”と、“Japanese flowering apricot”になっている。これは、実と花ってこと?


ネットワーク総合辞書>資料集>植物>ア行>ウ >ウメ」によると、
英語名 ume / Japanese apricot”と記述されている。

そして、他も一部抜粋させて頂く。

ウメは中国最古の『神農本草経』にも載っており、日本には薬木として渡来したとされる。奈良時代以前から植栽され、万葉集にはサクラよりもも多くの歌が詠まれ(万葉集のウメの歌は104首、サクラの歌は38首)平安時代以前に「花」といえばウメを指したと考えられている。


ついでだから、“中国最古の『神農本草経』”も調べてみた。

筑波技術短期大学鍼灸学科 和久田哲司氏による古代中国における手技療法の発祥と発展について書かれたテキストに、下記のように記載されている。

④『神農本草経』:後漢から三国期までに成立。500年頃、陶弘景(452〜536)が『神農本草経』三巻を編集した。江戸・嘉永七年(1854年)、森立之校正本に基づいた。

どうやら、『神農本草経』は、薬物書らしく、東亜医学協会に、Web版 神農本草経というのがあり、それには、下記のように記載されている。

梅實.味酸平※.生川谷.下氣.除熱煩滿.安心.肢體痛.偏枯不仁死肌.去青黒誌惡疾.

もともと、中国にあった梅が、薬木として日本に渡来したけれど、日本には、シーボルトがいた為に、学名を“Prunus mume Sieb.et Zucc.”と命名され、英語やフランス語で“Japanese apricot”だの“abricot japonais”と“日本のアンズ”と呼ばれているってことかな?
シーボルトは、アジサイの他にも、梅も世界に紹介していたんだね。



こんな本があった。

花の男シーボルト (文春新書) 花の男シーボルト (文春新書)
(2001/12)
大場 秀章

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「第五部 シーボルトが導入した日本の植物」の項に、「アジサイ/レンギョウ/ツバキ/サザンカ/イタドリ/シキミ/コウヤマキ/キリ/ウメ/ユリ/ボタン」とある。


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グレープフルーツは前菜?

フランスおじさんが、「グレープフルーツは、フランスでは、前菜ね」と言った。

おじさんは、自分がやっている事は、全部フランスの普通として話すクセがある。
今まで、自分の都合が悪くなると、「フランスでは、普通ね」、「皆やってるね」なんてね。
おじさんは、オオカミ少年だから、「フランスでは、云々・・・」は、信用できない。
だから、その時も、「え?おじさんの家だけじゃないの?」と信用しなかった。

ところが、ここが違うよ!日本とフランス 〜 グルメ編 〜で、偶然、下記の記述をみつけた。

グレープフルーツとすいかは前菜!
メロンが前菜になるのは皆さんよくご存知だと思います。が、グレープフルーツとすいかも前菜になるってご存知でした?
私はこちらにきて初めて知りました。かなりオドロキ。。。

あれ?おじさんがいつか言っていた事は、本当だったんだと思った。


でも、この一つのサイトだけで完全な事実と認めるのは、ちょっと弱いかな?と思い、他も探してみたけれど、PARIS NEWS - 生ハムメロン [2007年07月08日(日)]の下記の記述しかみつからなかった。

メロンというと日本ではデザートに食べるイメージだけれど、なぜかフランスでは前菜としてだされることも多く、最初はちょっとびっくりした。
別に生ハムが巻いてあるとかでなく、ただ切ったメロンが出てくるのだ。
そう言えばスイカも同じように前菜に出されたことがあったような...。

記述は、2つ見つけたけれど、食事の前に、フルーツを食べる意味が解らず納得出来ない。

そこで、オードブル - Wikipediaを見てみると、下記のように書かれている。

食欲をそそることが目的であるため、量が少なく、酸っぱいことが多い。

確かに、酸っぱいけど、グレープフルーツ、メロン、スイカを切っただけでそのまま食べて、前菜?。
デザートでは、それらを食べないのかな?
「あちらは前菜のグレープフルーツでしたが、こちらはデザートのグレープフルーツでございます」なんて…。


少し前に、グレープフルーツダイエットと言う言葉を聞いた事があるけれど、
Yahoo!セカンドライフ - ドクターK - グレープフルーツの香がもたらすダイエット効果 掲載日:2007年6月24日には、下記の様に記述されている。

グレープフルーツに含まれる香り成分に「ヌートカン」と「リモネン」があります。これらの物質が脂肪をメラメラと燃やして、新陳代謝のよい体にしてくれます。

そして、下記のようにも書かれていた。

「ヌートカトン」-----脳に作用して、交感神経の働きを活性化
「リモネン」-----精神をリラックスさせ、血行を促進
「ナリンギン」-----食欲を抑える効果

…となると、グレープフルーツは、食事前に“食欲を抑える”ということだね?
ダイエットしたいのなら、良いけれど、やっぱり、不思議な行為だな…。



こんな本があった。

「飲食」というレッスン—フランスと日本の食卓から 「飲食」というレッスン—フランスと日本の食卓から
(2007/04)
福田 育弘

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ワインに合うピクニック弁当

私とフランスおじさんは、白ワインは、ちょっと苦手で、赤ワインが好き。
花火ピクニックに行った時も、ヤッパリ、赤ワインを持って行ったので、それに合う食べ物を準備した。
以前も同じ様に準備したけれど、前回ブログで花火の事を書いていて、フト、海外のピクニック弁当ってどんなのだろう?と思った。


でも、ワインに合わなくちゃいけない。
「どんな時にもワイン」と言うと、ヤッパリ、フランス。
そこでフランスのピクニックってどんなのだろう?と調べた。

フランスって - ピクニック 2005年06月21日に、フランスのピクニックの様子が書かれていた。

部分的に抜粋させて頂く。

子供のお弁当の場合、フランスではサンドイッチとなる。昔はバゲットのサンドイッチに決まっていたのだが、最近では食パンのサンドイッチもかなり普及してきた。バゲットのサンドイッチの場合、バゲットを10センチくらいの長さに切り、縦に切れ目を入れて開き、バターを塗ってハムとチーズ(グリュイエール)をささっとはさんで出来上がりだ。

大人のピクニックとなるともう少し豪華になる。サンドイッチを中心にした場合でも中身はもう少し工夫したものも登場する家庭もある。ハムやチーズのほかにパテとピクルス、野菜もはさんでみたりもする。しかし面倒な人達はやはりハムとチーズだけで終わりの場合も多い。

フランスの食事は必ず「前菜、メイン、デザート」が基本だ。ピクニックでもその原則を変えず、前菜にサラダ、メインにローストチキン、付け合せの野菜の代わりにポテトチップ、デザートに果物という家族もある。


そして、フランスって - ピクニック−追加 2005年06月22日には、下記のように書かれていた。

日本のお弁当よりだいぶ簡単なフランスの一般的ピクニックであるが、究極のピクニックはそのサンドイッチすら自宅で準備しないそれである。

バゲット数本、バター、ハム、チーズ、パテなどをそのまま車にのせ、昼になったら各々がナイフを手に(子供の分は親が担当)好きな長さにバゲットを切り、好きなだけバターを塗り、好きな具をはさんでサンドイッチにして食べる。手巻き寿司ならぬ手はさみサンドイッチだ。

な〜んだ。私が持って行ったピクニック弁当は、「ピクニック−追加」の方のピクニック弁当だった。


ピクニックとロウソクにも、ピクニックの様子が書かれているけれど、フランスでは、“ポテトチップスがピクニックには欠かせない一品。”らしい。「フランスって - ピクニック」にも、同様の事が書かれていた。


フランス パリ発 四季折々のワイン N°005 春先になぜかマスカットの香りのするシャルドネには、ピクニックのイメージで選んだ白ワインが紹介されている。
また、22 ピクニック上手のニューヨーカーみたいに簡単にお弁当作って、パッと野外に飛び出そう! - 渡辺葉の紐育御気楽生活術 | カフェグローブには、ピクニックレシピもあった。

まだピクニックに行く予定なので、レシピをもっと見つけたかったのだけれど、他には、コレ!っていう目新しいレシピは、見つからなかった。検索の仕方が悪かったのかな?



去年買った本で、全部英語だけれど、とても楽しそうなピクニックの本。

Picnics Picnics
(2005/03/01)
L Et Al Collister

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日本の花火とフランスの花火

フランスおじさんと花火を見て来た。イイネ。やっぱり花火は。
「ピクニックしながら、花火見ましょ」と言う事で、準備をすることになった。

おじさんは、どんな時でも赤ワインだから、それに合う食べ物にしなくちゃいけない。
スペアリブとキノコのトマト煮だの、ナスのマリネだの、フランスチーズ盛り合わせだの、ビーフパテだのを用意。
そして、シートに、お皿に、ウェットティッシュと、「良い席が無くなる〜。急がなきゃ、急がなきゃ」と準備していたら、おじさんは、同じ所に立って、ユラユラ揺れているだけ…。

気持は、何かしなきゃと思っても、何をしなくちゃいけないのか、わからないらしい。
おじさん慌てるだけで、手際良く何かを準備するってできないからね…。
仕方がないので、バゲットを切ってもらって、おじさんのお仕事は、終了。

5時位に現地に着き、ピクニック。
楽しいね〜。
花火が始まる頃には、二人とも酔っぱらいだった。
おじさんは、「日本の花火大会みたいなのは、フランスにはないね。花火があるのは、パリ祭とかお祭りの時くらいね。日本の花火は大好きね」と楽しそうだった。


Wikipediaで、花火の歴史を見てみた。
紀元前3世紀とも、6世紀とも、10世紀とも言われているけれど、中国で花火が始まったようだ。

だけど…

最初期のものは、たとえばロケット花火に似たものを敵陣に打ち込んで火事を起こしたり相手を威嚇したりといった、武器との区別がはっきりしないものもあった。

と、今イメージする花火とは違い、物騒なもの。
そして…

ヨーロッパに伝わったのは13世紀以降で、〜(途中省略)〜日本で花火が製造されるようになったのは16世紀の、鉄砲伝来以降である。

日本の方が中国には近いのに、花火が伝わったのは、ヨーロッパよりずっと後なんだね。


そして、おじさんが、「フランスの花火は、日本のとは雰囲気が違うね。音楽や光を使って、もっとアーティスティックね」と言う。
「そうだったかな〜?」と思い、フランスの花火を検索してみた。

Coucou Mes amis -フランス便り- 2005年07月18日 キャトーズ・ジュイエを見て、びっくりした!
「おおお!何じゃこりゃ〜!火を噴くエッフェル塔!」
趣味が良いか悪いかわからないけれど、確かに演出はすごい。


もう少し探したら、下記3つを見つけた。
2005年とは、少し趣が異なり、素直に「ワ〜!奇麗!」と思う。

フランス・海外赴任 - パリ滞在記 【フランス 革命記念日 パリ祭 〜シャンドマルス・花火(2006.07.14)】
フランスの風 革命記念日レポ 〜軍隊パレード&花火編〜 2007/07/17
AFPBB News : フランス革命記念日、花火で盛大に祝賀 2007年07月15日

特に、2006年の「フランス・海外赴任 - パリ滞在記」は、すごく奇麗に写真が撮れ、品良く華やかな感じが伝わってくる。

クラッシック音楽に併せて花火が打ち上げられていく。
そのタイミングがとても絶妙!!
曲の強弱によって花火も強弱、曲のスピードによって花火も変化。
曲調に合わせて花火の種類も変化していく。
それにサーチライトなどの光の演出も加わる。

約30分間の中に、光と音の芸術が凝縮されていた。
演出が1秒たりとも休まずに続けられるので、一切の無駄な間が無かった。30分間の芸術を休憩なしに見続けることになります。

こんな文章が書かれているけれど、これを読むと、「良いな〜!見たいな〜!」と思ってしまう。
オリンピックの時も思ったけれど、やっぱり、フランスのセンスって違うんだな。

YouTubeにもパリ祭の花火があった。

>> Feu D'artifice Fireworks Tour Eiffel Paris Tower
>> feu d'artifice, Juillet 14, 2006, Paris! (6)
>> Feu D'artifice Paris 14-07-2007

私も十数年前に、パリの花火を見た事がある。花火の色使いはちょっと違うけれど、単調で「日本の花火の方が良いや」と思った記憶がある。いつの間にか、こんなに派手になったのね。

でも、いくつもYouTubeの映像を見ていたら、力一杯演出しているショーを見ている気持になって、お腹イッパイって感じになった。
やっぱり日本の花火が良いなって思った。
ドーンって上がって、「ワー!楽しい!」っていう感じだものね。
やっぱり、祭りは楽しくなくちゃ。



こんな本があった。

日本の花火 (ちくま新書) 日本の花火 (ちくま新書)
(2007/07)
小野里 公成

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古き良き日本人

フランスおじさんが何かの度に、「日本は良い国だよ。日本人は良いよ」と言ってくれるので、日本人の良い所は何だろう?と思い、“日本人の美徳”でGoogle検索した。
ちょっと古い記事だけど、livedoor ニュース - 取り戻せ“日本人の美徳”で、下記のアンケート結果が書かれていた。

品格と道徳観に関するアンケート調査
【ライブドア・ニュース 2006年06月19日】− 7割以上の人が“日本人の美徳”に「礼儀正しさ」や「謙虚さ」を挙げている一方で、5割が日本人がもともと持っていた品格や道徳観が失われつつあるのではという危機感を抱いていることが、インターネットリサーチサービス「gooリサーチ」の最近の調査で明らかになった。

以下、数値部分だけ引用させて頂く。

「日本人が元来持っている」と思われるものは何か

「謙虚さ」(73.9%)
「礼儀正しさ」(72.8%)
「情緒を重んじる」(64.9%)
「思いやりの気持ち」(63.1%)


「日本人が失いつつある」と感じているもの

「礼儀正しさ」(54.1%)
「謙虚さ」(47.5%)
「思いやりの気持ち」(45.3%)
「恥ずかしいことをしないという考え」(45.1%)


「日本人が残しておくべき」と思うもの

「礼儀正しさ」(66.1%)
「思いやりの気持ち」(66.0%)
「謙虚さ」(53.5%)

“日本人の美徳”としてあげている項目は、良い文化だと思う。
これを持ち続ける日本人だったら、世界に誇れる気がするのだけど、「日本人が失いつつある」と感じているものの一番が「礼儀正しさ」(54.1%)というのも悲しいね。


1935年にアン・モロー・リンドバーグが書いた、「翼よ、北に」(原題:NORTH TO THE ORIENT by Anne Morrow Lindbergh)という本に、リンドバーグ夫妻が日本に立ち寄った時の日本人の様子が書かれている。
「歌う水夫たち」の項では、とても形式的で滑稽な面もあるけど、紳士的で親切で、もてなし好きな愛すべき日本人の姿が書かれていた。

また、「サヨナラ」の項では、リンドバーグ婦人が聞いた、「サヨナラ」の言葉の意味が書かれていた。

「サヨナラ」を文字通りに訳すと、「そうならなければならないなら」という意味だという。これまで耳にした
別れの言葉のうちで、このようにうつくしい言葉をわたしは知らない。

それは事実をあるがままに受け入れている。人生の理解のすべてがその四音のうちにこもっている。ひそかにくすぶっているものを含めて、すべての感情がそのうちに埋み火のようにこもっているが、それ自体は何も語らない。言葉にしないGood-byであり、心をこめて手を握る暖かさなのだ -「サヨナラ」は。


実際には、「さようなら」は、「左様なら」らしい。
Be nice!:さようなら。に下記のように書かれている。

「そういうこと(左様)でしたら(なら)、(いたしかたありません)」という自分の思いを断ち切る意味があります。

リンドバーグ夫人が書いた「そうならなければならないなら」と微妙に意味は違うけれど、上記「Be nice!:さようなら。」の中の文章に“『さようならば』と思いを断ち切り運命を受け入れる潔さをこの日本語に感じます。”とあるけれど、事実をあるがままに受け入れる潔い心という意味は同じだね。

翼よ、北に」の中の日本を読むと、「謙虚さ」「礼儀正しさ」「情緒を重んじる」「思いやりの気持ち」等が感じられ、日本人の私でも知らなかった新しい日本を発見し、本の中の日本は良い国だなと思う。


文中に出て来た本

翼よ、北に 翼よ、北に
(2002/08)
アン・モロー リンドバーグ

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アイデンティティって何だろうと考えた

フランスおじさんは、スペイン系の母親とポーランド系の父親を持ち、パリで生まれたものの、半年でモロッコへ行き子供時代を過ごし、パリに戻り、途中イギリス留学、スペイン留学を経験し、夏休みには、メキシコや、アフリカでツアーガイドのアルバイトをし、大学院を卒業すると日本で働き、そのまま日本で生活している。

人生の中で日本での生活が一番長いらしい。
フランスへ帰った時、言葉は少しヘンになっているし、仕草もフランス人とは少し違うし、見た目もフランス人ぽくはないので、「あなたはナニジンですか?」と聞かれたと言っていた。
国籍はフランスだけど、この人は何人(ナニジン)の文化を持っているというのだろう?

また、帰国子女達が大勢いる場所に行った事がある。
この中の一部の人に?な人達がいた。
英語は、ネイティブに聞こえないが、仕草は日本人ぽくない人達。
この人達は、アメリカに行き言葉と文化を覚え、アメリカに溶け込もうと努力したのだと思う。日本で生まれ育ち、日本人としてのベースを持っている彼女達は、アメリカへ行ってもアメリカ人からすれば、自分たちとはちょっと違ったマナーや雰囲気を持った外国人だったと思う。頑張ったんだなと思う。

だけど、日本に帰って来て、会議室の中で、机の上に掛けんばかりに高く足を組み、大きな身振り手振りで話し、人が話している途中でも人を遮り自分の主張を通そうとする。
そこにいたアメリカ人の人達は、きちんと座り、人の話を聞いてから答えているのに…。
帰国子女達が大勢いる中のほんの一部の人だけど、日本の女性とは雰囲気が違い過ぎる。
日本女性の良い所を捨て、自分は、アメリカ帰りだと、アピールしているだけに見える。
この人達は、ナニジンになったつもりなのかな?と思った。

フランス人に「あなたはナニジンですか?」と聞かれ、日本では外人さん。
アメリカでは日本人で、日本では、違和感を感る日本人ぽくない人達。

私は、おじさんに「おじさんは、ナニジン?」と聞いた事があった。
おじさんは、「私も疑問に思うときあるね」と答えた。
おじさんに「○子は、とても日本人ぽいね」と言われた時、「そうね。私は、とても日本人ぽいよ」と答えた・・・さて?何が、とても日本人なのだろう?

フランス人、日本人、そのナニジンて言うのは何だろう?
そこで、アイデンティティを検索してみた。

[三省堂辞書サイト]10分でわかる「アイデンティティー」

【どういう意味?】
「あるものがそれとして存在すること」、また、そうした認識を指します。「同一性」「一致」のことです。

【もう少し詳しく教えて】
「アイデンティティー」(identity)は、広義には、「同一性」「個性」「国・民族・組織などある特定て集団への帰属意識」「特定のある人・ものであること」などの意味で用いられます。

(途中省略)

【アイデンティティーの使い方を実例で教えて!】
アイデンティティー・クライシス(identity crisis)
    「自己認識の危機」のことです。例えば、「ライフ・サイクルの中でアイデンティティー・クライシスに直面する時期」、あるいは「グローバル時代におけるアイデンティティー・クライシス」のように使われます。

そして、「アイデンティティ」特集というサイトでは、

“アイデンティティとは、「自我の確立」「自己同一性」という意味の英語です。アメリカの精神分析学者である、エリクソンによって提案されました。アイデンティティは、自己と集団意識の関係を表す言葉です。そのため最近では、コーポレートアイデンティティなどというように、企業関連の言葉としてよく使われます。

(途中省略)

アイデンティティクライシス
アイデンティティクライシスとは、他者との新しい接触によって、自己の価値観や存在そのものに危険を感じることです。”

また、2005年外国人による日本語弁論大会 発表原稿には、日系二世の青年のアイデンティティー摩擦についての心の葛藤のスピーチ原稿が書かれている。
両親と祖父母の日本文化を守ろうと言う気持ちと、日本人というプライドを持たなければアメリカ人として仲間に入れてもらえるという青年の気持がぶつかり、自分の中の日本人を消し去ったものの、成長し自分自身を見つめる為に、日本へ留学し少しづつ理解を深めているという内容。 “自分で一から新しい「私」を作って新たな誇りを刻みたい。”と言葉を結んでいる。

日本人というプライドを捨て、アメリカ人として仲間に入れてもらったり、親や祖父母の国を理解し、新しい自分の為に新たな誇りを刻んだり、自分がナニジンであるかという事は、これほど悩み深いものなのか。

おじさんは、フランスから距離も時間も遠く離れ、フランスで生活した時間も短い。私からすれば、おじさんの国のベースがどこにあるのか分からない。
でも、おじさんは、自分がフランス人であるということに誇りをもっているみたい。世間の噂で聞くフランス人のように「フランスは一番だ」と思い、「絶対フランス国籍を捨てないね」と言っている。

そして、日本人としての意識を持ち、日本人ぽいと答える私は、ただ単に日本で生まれ育ったということで帰属意識を持っているだけなのかもしれない。
上記引用文のように、“他者との新しい接触によって、自己の価値観や存在そのものに危険を感じること”がなかっただけなのかな?
私に自国に対する誇りとかがあるわけでなく、 何も考えず、当たり前のように漠然と日本人だと思っているだけのような気がする。

おじさんと話をすると、 おじさんはフランス人であるということが自慢で誇らしというのがわかる。生活した時間とかベースとかそんなのは関係なく、フランス人でいたいのかもしれない。
私もそんな風に、「日本は良い国だよ。日本人で良かった」と胸を張って言いたいな。
でも、おじさんは、世界の70ヵ国位行った中で日本を気に入り、ここで生活しようとン十年前の七夕の日に来た。
何かの度に「日本は良い国だよ。日本人は良いよ」という。
私は、見比べる他の国を知らないまま日本人にいるので、良さがわからないだけかもしれない。



こんな本があった。

日本人とアイデンティティ—心理療法家の着想 (講談社プラスアルファ文庫) 日本人とアイデンティティ—心理療法家の着想 (講談社プラスアルファ文庫)
(1995/01)
河合 隼雄

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